ところどころ黒いシミが浮き出たみてくれの悪い代物だった [感想]

戦後レジームのなかで威哥王
国民の栄養状態を優先したアメリカ占領軍は
「バナナはどうしても必要という食糧ではない」といって
輸入自由化を許可しなかったため
正規のルートで輸入されなかったからだ
だから
バナナはどこか背徳じみたイメージがしみついている
子どもだったから
価値観というものが備わっていなかったので
「高い」という尺度がどの程度なのか判らなかったが
調べて見ると
月給30万円の収入で換算すると
バナナは約7500円したというから
ちょっとしたキャバクラ並みのカネが必要だったのだ

いま
近所のスーパーの「日曜朝市」で6本の房のバナナは98円で売られている
いまや100円でゲップがでるほど食える食べ物である
しかも
長くてきれいな黄色いバナナがだ
おれが子どものころのバナナは
ところどころ黒いシミが浮き出たみてくれの悪い代物だった
テレビなどで芸人が「バナナは病気のときにしか食えなかった」などといっているのを耳にするが
年齢から見て
その芸人が目玉が飛び出るほど高いバナナを体験していたとは思えない

いまも残っているかどうか判らないが
山手線で上野から御徒町にいくと
御徒町の手前で
壁面にバナナの絵が描かれたビルがあった
叩き売りで儲けたカネでビルを建てたのかどうかは知らないけど
「バナナの時代」というのがあったことを
そのビルを見るたびに思い出していた
RU486
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